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ラヴクラフト全集 3 - ホラーとSFの狭間

ラヴクラフト全集 3 / H・P・ラヴクラフト / 大瀧啓裕訳 / 創元推理文庫 / 530円
カバーイラスト: Virgil Finlay / カバーデザイン: 龍神成文
The Shadow Out of Time and other stories by Howard Phillips Lovecraft

ラヴクラフト全集 (3) (創元推理文庫 (523‐3))

ラヴクラフト全集 (3) (創元推理文庫 (523‐3))

 

「ダゴン」 タイトルの怪しい響きと帆掛さんのかぶりもので有名なタイトル。終始つきまとうヌメヌメのイメージがオープニングにふさわしい。

 

「家の中の絵」 湿地の家屋に雨宿りで入るとそこには珍書が並んでいる。無人と思って眺めていると老人が現れ書物の絵の説明を始める。これも緊張が途切れず結末まで一気。
ラヴクラフトって本好きだよなぁ、と改めて思います。

 

「無名都市」アラビアの砂漠の彼方で偶然見つけた廃墟、神殿、地下への下降、爬虫類生物のミイラ、歴史を描く壁画、通路からの音。
壁画が古代の平和な世界から時代を経るにつれて悪くなるシーンが好きで、その後の展開を暗示させます。こうして並べると「時間からの影」にも似ている。

 

「潜み棲む恐怖」突然住人が消えたマーテンス家の館、その近くの村で住民75人のうち50人が無残に殺戮され25人が消える事件が起きる。調査中に領主マーテンスの墓の下に隧道があることを知る。
そうか書物と地下が好きなんだな。

 

アウトサイダー」誕生以来城に幽閉されていた私は意を決して塔の頂上に登り外を見下ろすことにする。が、目の前に現れたのは石敷きの大地と教会の尖塔だった。
平凡。ネタ明かしは不要では?

 

「戸口にあらわれたもの」早熟の天才エドワードは、インスマス出身の娘アセナスと結婚する。直後にエドワードは変化し、私にある種の恐怖と不満をもらす。
アセナスの狙いが分かってからはとてもおもしろく読めます。ストーリー的にはこれが一番。

 

「闇をさまようもの」冒頭、ロバート・ブロックの名前が出てきて驚きました。「サイコ」のですよね? ブロックをヒッチコック時代の人と勝手に思い込んでいたので戦前に亡くなっている、どころかラヴクラフトと親交があったとは思いませんでした。で、作品はそのブロックが主人公。
住民に恐れられている教会の中に入ったブロックは夜に蠢く何者かを呼び覚ます。停電の日の翌日に死んだブロックと日記が発見される。

 

「時間からの影」5年間の記憶喪失を経験した私はその間の記憶として、1億5千年前に地球を支配した<大いなる種族>と彼らに地下に追いやられた先住種族、知の保管庫としての金属容器が残り、夢に度々現れ続ける。これを論文にまとめた所、オーストラリアで論文で触れた巨石に似たものが発見される。私はオーストラリアを訪問し、ある夜、<大いなる種族>が残した場所と金属容器を発見する。
これまでSF色は強くてもどこかホラーの一線は超えていなかったと思うのですが、この作品はホラー寄りのSF。と感じました。知を貯める金属容器というアイデアのせいですかね。ヌメヌメ爬虫類だとホラーで、ピカピカ直線型固体だとSF。我ながらステレオタイプが過ぎますが。

 

 

ビブリア古書堂の事件手帖(3) -栞子さんと消えない絆-

ビブリア古書堂の事件手帖(3) -栞子さんと消えない絆- / 三上延 / メディアワークス文庫 / 550円+税
イラスト: 越島はぐ / デザイン: 荻窪裕司

たんぽぽ娘』市場で競り負けた絶版文庫の束から『たんぽぽ娘』だけが抜き取られ、栞子さんが犯人と疑われる。

犯人の隠し方が巧いです。単に隠すだけなら簡単でしょうが、ある程度知識がある人には見抜けるあたり、それも本に絡めて、という部分が特に。ちなみにこの出版の後、続けてヤングは発売されます。偶然重なっただけとの声も聞こえましたが本作によって出版を急いだのは間違いないでしょう。

 辻堂でミステリとSF専門のヒトリ書房を経営しているヒトリさん登場。栞子さんの母、智恵子さんと仲が悪かった(今思ったけど智恵子は『智恵子抄』なんだろうな)。さらりとレジにいた中年の女性が紹介されます。意外と考えているものなんですね。そして、港南台滝野ブックスの息子の滝野蓮杖も。妹リュウちゃんが栞子さんと同窓。
 

『タヌキとワニと犬が出てくる、絵本みたいなの』『論理学入門』の坂口昌志と坂口しのぶの話。しのぶが昔読んだ絵本を思い出したいという話と、昌志の犯罪歴を責める、しのぶの母親。

ストーリーや事件はシンプル。栞子さんがなぜすぐに書名に思い至らなかった理由が明かされないのはなぜ?

 

春と修羅宮沢賢治の初版本を巡る遺産相続の話。主人公は智恵子の同窓、玉岡聡子。聡子の父は、大輔の祖母が購入した漱石全集の持ち主であり、智恵子の肖像画を描いた人物。

こちらも仕掛けとしてはシンプルですが、2冊ある『春と修羅』の珍しさがポイント。ここでもさらりと書き込みのある汚れた本が示されます。ところで読みなおして気が付きましたが聡子の父は後の作品で絡みそうですね。肖像画のエピソードもあと一捻りありそうです、特に書いた経緯やもう一枚の紫陽花の絵など。

 

ZOO - オールタイムベスト級の「陽だまりの詩」

ZOO 1 / 乙一 / 集英社文庫 457円+税
ZOO 2 / 乙一 / 集英社文庫 419円+税
デザイン: 松田行正

ZOO〈1〉 (集英社文庫)

ZOO〈1〉 (集英社文庫)

 
ZOO〈2〉 (集英社文庫)

ZOO〈2〉 (集英社文庫)

 

北上次郎の名コピー「何なんだこれは。」でとても気になっていた作品。そして初めての乙一。どの作品も予想を裏切る舞台背景や展開、不思議なカタルシスに満ちていて標準以上の出来のものが多く、特に「陽だまりの詩」はオールタイムベスト級の素晴らしさでした。

一方でいくつかの作品に見られる読書中の気持ち悪さ、薄気味悪さもオールタイムベスト級。海外ホラー映画や小説に慣れている私が、ザラッとした心臓をなぜるような嫌らしさに時々読むのを止めるくらい(こんなことは滅多にない)。あまり和物を知らないのですが、これが乙一独特なのか和物の標準なのか。先に映画監督「安達寛高」作品には触れていて、また舞台挨拶やトークで実際の彼を見ていた私にはとても意外な内容でした。理系オタクの略歴と見た目からもっとライトなものを想像していたのですがね。いい意味でも悪い(?)意味でも裏切られました。

 

「カザリとヨーコ」は気持ち悪さの典型。それまでにおけるヨーコへの虐待描写が痛すぎて、ラストで単純に「おっしゃー!」とはいきませんでした。「小公女セーラ」の最終回みたいといえばいいか。これが冒頭なのでキツイ立ち上がりです。ちなみに単行本版でもこれが冒頭。

「SEVEN ROOMS」。いきなり独房と水路に閉じ込められる姉弟という乱暴な設定に始まり、息を止めて汚水の中を潜らないと隣に辿りつけないという圧迫感が毎回繰り返され、呼吸が苦しくなります。脱出そのものよりも残された人間を思う気持ちと相まって、余韻は無茶苦茶悪いです。

続く「SO-far そ・ふぁー」はオチも展開も拍子抜けするくらいフツー。

そして「陽だまりの詩」。本作中の、というか自分の生涯でもベスト級の作品。わずか40ページの作品の中に生きる喜びや死の悲しみが描かれ、しかもあっと驚く展開が含まれます。兎の話、ブロックで作る帆船の話、涙を流すということ。一つ一つのエピソードが素晴らしい。どうでもいいけど僕のだけ兎が齧っているというのは何かの暗示なのか、そのまま取ればいいのか今も謎。

表題作「ZOO」は可もなく不可もなく。

 

2巻目に行って「血液を探せ!」と「落ちる飛行機の中で」はドタバタコメディ。あえてのベタベタですが意外と笑わせますし、気持ちよくしっかり終わらせます。好きです。
「冷たい森の白い家」はここまで読んで来ればフツー。ただ少女の背が縮んでしまうのがどうにも...。最後のエピソードも、次の日の赤毛の女の子の悲痛を思うと泣けてくる。

「Closet」は「血液を探せ!」以上のしっかりしたミステリー。読み返すとその技巧に感心します。

「神の言葉」は前半のアサガオのエピソード以上に広がりがなかったのは残念。

「むかし夕日の公園で」はちょっとした作品で、あともう一つ、二つ話が転がっても良かった。

トータル・リコール - ディック短篇傑作選

トータル・リコール - ディック短篇傑作選 / フィリップ・K・ディック / 大森望編 / ハヤカワ文庫SF / 940円+税
カバーデザイン: 土井宏明(ポジトロン)
We can remeber it for you wholesale and other stories by Philip K. Dick

冷戦時代の見えない脅威や疑心暗鬼の背景、大きな肩書きの登場人物の割に小さな舞台、現代となっては恥ずかしいくらいのキッチリしたオチ。
ディック印満点の短編集でとても良い。
学生の頃初めて読んで、すべてを 8mm で映画化したいと思った『地図にない町』を思い出します。

 

本書でトップ3の作品を挙げるとすると何でしょう。それまでの観察と経験をぐらっとひっくり返す「訪問者」や、一瞬の出来事に一瞬で型が付いてしまう「フード・メーカー」、そして「非0」あたりですかね。
「出口はどこかへの入り口」「地球防衛軍」「世界をわが手に」は舞台設定のアイデアだけで終わった感じ。しかも残念ですが少し古い。
逆によく出来ている「トータル・リコール」や「マイノリティ・レポート」は確かに名作ですが、もうそろそろいいかな、と。
「ミスター・スペースシップ」「吊されたよそ者」はまぁ、こんなもの。手付かずでのこされていただけのことはあります。

 

ビブリア古書堂の事件手帖 2 -栞子さんと謎めく日常-

ビブリア古書堂の事件手帖 2 -栞子さんと謎めく日常- / 三上延 / メディアワークス文庫 / 530円+税
イラスト: 越島はぐ / デザイン: 荻窪裕司

シリーズの鍵となる栞子さんの母親が小出しにされます。最初は残した『クラクラ日記』や肖像画程度の謎の人物ですが、『UTOPIA』の回で古書の知識や推理の力も含めあらゆる部分が栞子さんに似ている(あるいは上回っている)こと、そして両者に共通の古本者特有の所有欲や独占欲が描かれます(智恵子さんの場合、単純な欲とは少し違う気もしますが...)。

ところで今回ざっと見直して初めて気付きましたが離婚って設定だったのですね。忘れてました。

 

本巻に登場する古書は『クラクラ日記』『時計じかけのオレンジ』『名言随筆 サラリーマン』『UTOPIA』。どの話も有名な作品、作者ですし、適度な長さの中、推理の部分だけでなく姉妹や親子の確執と、それが愛情や親しみと表裏一体であることをしっかり読ませてくれます。もちろん、栞子さんと大輔の関係もお約束の速度で前に進みます。1作目以上に良い作品。

ちなみに私はこの本で epi文庫の新版『時計じかけのオレンジ』が旧版と違うことを初めて知りました。

 

本の雑誌2015年11月号 - バーニーズニューヨークの鴨田さんの連載を始めよう!

本の雑誌 2015年11月号 (No.389) / 本の雑誌社 / 667円 + 税
表紙デザイン 和田誠 / 表紙イラスト 沢野ひとし

本の雑誌389号

本の雑誌389号

 

特集は「2015年 SFの旅!」。本の雑誌社発行の『サンリオSF文庫総解説』が星雲賞を受賞した縁もあっての特集ですが、牧眞司の発言にあるように「本の雑誌」の SF度が年々高くなっているのも事実。大森望の連載を 25年続ける一方で、「冬の時代」を勝手に宣言して業界すべてを巻き込んだ大事件にしたり、鏡明池澤春菜円城塔風野春樹の連載を持ち、大森望山岸真の新作紹介、高橋良平の長期連載を続けたり。本当に「唯一の月刊SF雑誌」の名に恥じない活躍です。

話は逸れますが「冬の時代」は当時の私の感覚には合っていました。いくら大森望が、あれもある、これもある、と挙げてくれても食指は動かず、「ハイペリオン」4部作とか例外はあるけど、小粒な作品のイメージばかり。で、高橋良平のつぶやきに編集部と鏡明が乗っかった図ではありましたが、正直に言ったなぁと思ったものです。

それにしても見てくださいよ、この21世紀のSFベスト100の力強さ。1位『皆勤の徒』、3位『あなたのための物語』、4位「廃園の天使」シリーズ、5位『虐殺器官』、8位「マルドゥック」シリーズ、9位『新生』、10位『NOVA』。そしてこの間がテッド・チャン、イーガン、プリースト。赤道直下の真夏のような騒ぎです。

特集は他に早川書房東京創元社の編集者対談、SFの古書価の動向(ディックとサイバーパンクはほぼ持ってるな)、21世紀SF事件簿(日本SF作家クラブって、まだこんな大事件があったのか...)、おじさん二人組 SF大会に行く! と盛りだくさんで充実した内容。良い特集でした。

 

新刊では酒井貞通のミステリー全部、特にシェリー・ディクスン・カー『ザ・リッパー』。円城塔の『シャッフル航法』と『エピローグ』、都甲幸治と堀部篤史の推すミランダ・ジュライ『あなたを選んでくれるもの』(訳者は岸本佐知子)。

入江敦彦は「作家の京都グランドツアー」。梶井基次郎は京都のことが何もわかっていないと切り捨て、夏目漱石も理解はしてないよねと軽くジャブ。京都から、日本中の京都以外のすべての地域に喧嘩を売るのだけど、不思議と嫌味がありません。平松洋子はいつものスタイルで立ち食いうどんの紹介。毎回どの店にもこだわりがあり、うどん愛があり、とにかく美味しそう。なんでこんなに紹介が巧いのか。

内澤旬子は久しぶりにバーニーズニューヨーク鴨田さんネタですが、これがまた非常に面白い。伝聞形式を臨場感持って伝えるのも上手なら突っ込みも上手。ネクタイをするシャツとネクタイをしないシャツがあるなんて初めて知りましたよ。いつまでもこのノリで続けて欲しいです。んー、でも待てよ。鴨田さんなら作家陣以外にも面白いネタをたくさんお持ちでしょうから、ここは連載でいかがでしょうか > 浜本編集発行人。

沢野ひとしの中国エッセイもどの回も面白い。オウイエンジュとの関係がどうしても気になりますが、それ以外にもマカオの猫カフェ(?)のコーヒーが美味しいとか、親父との対比とか、独特の切り取り方が温かい気持ちになります。中国の公園で鳥を愛でながらの散歩とかも好きでした。

作家ガイドは三浦しをん。松井ゆかりが真正面から丁寧に紹介していきます。未読の作家ですが、おすすめ長編がほぼ分かるのは「本の雑誌」のお陰ですよね。脇道ですが「次元五右衛門チェックシート」が見たい。

ネットの中の島々

ネットの中の島々 (上)(下) / ブルース・スターリング / 小川隆訳 / ハヤカワ文庫SF / (上)(下)各560円 税込
カバー: 栗原裕孝
Islands in the Net by Bruce Sterling 1988

ネットの中の島々〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

ネットの中の島々〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)

 

少し前に読んでいて、ここに書くのをさぼっていたもの。

覚えてないなぁ...。

読みながら 1988年の作品なのにネット社会の描き方が危なげない点はさすがスターリングだよなぁと思ってたはず、多分。