atachibana's blog

引っ越しました。http://unofficialtokyo.com

冷たい銃声 - ホークが主役だがスペンサーもしっかり絡む

冷たい銃声 / ロバート・B・パーカー / 菊池光訳 / ハヤカワ文庫HM / 840円+税
カバーデザイン : 戸倉 巌(トサカデザイン)
Cold Service by Robert B. Parker (2005)

賭け屋の護衛をしていたホークがウクライナ人ギャングに撃たれる。トニー・マーカスがボストンの黒人街を収めている中の事件で、マーシュポート市長ブーツ・ポドラックとのつながりが浮かぶ。


いきなりホークの入院シーンから始まり緊張感の高いまま物語は進みます。季節の移り変わりと共に徐々に回復していき、もちろんお約束どおり復讐が始まりますが、ホークが主役の話でありながら決してスペンサーを脇には回さないここらへんの二人のバランスの描き方は非常に巧いです。今回はそこにセシルを絡め、ホークの超人ぶりを強調しますが、スーザン大好きのパーカーは、ここでもやり過ぎてしまい彼女にいいとこ取りを許してしまいます。この癖さえなければいいのに、きっと最後まで治らなかったのでしょうね。

話は一見複雑に見えながら、背景には「俺でもこれくらいの仕事はできる」という見栄の張り合いからの抗争劇でさもありなん。解決策は商売ごとなくしてしまうスマートなやり口で感心しました。

 

本の雑誌 2015年10月号 - 角川春樹は編集者だった!

本の雑誌 2015年10月号 (No.388) / 本の雑誌社 / 667円 + 税
表紙デザイン 和田誠 / 表紙イラスト 沢野ひとし

本の雑誌388号

本の雑誌388号

 

 一度だけ行ったことがある「中目黒ブックセンター」が今月の本棚に登場。本文にもあるようにここは階段を上がり2階に行ってみて広さに驚き、そして品揃え、特にデザイン系雑誌の面陳ぶりにまた驚きました。確か線路側から入ると問い合わせカウンターもあったような。いい本屋さんでしたね。

特集は「角川春樹伝説!」。無茶苦茶悪人を期待していたらいい人でした的な単純なまとめになっていないのが素晴らしいです。かつ、その上で「死ぬまで現役の編集者なのだ!」ぶりがよく伝わってきてまた素晴らしい。

中でも、出版社の二代目として本を売るための映画だと嘯きながら大好きな映画作りに邁進したり、一人でエンターテインメントを興したりといった面以上に、「一緒にいたら絶対迷惑な人」っぷりが存分に発揮された角川書店角川春樹事務所退職者の座談会が最高。戦国武将に仕えるようなものとは、本当にいい表現です。無茶苦茶優秀なんだろうけど、一緒にいたら疲れそうだわ。あっという間に裏切られそうだし。

そう言えば『帝都物語』の昭和編に出てくるんですよね。結構いい役で、冒頭の登場人物紹介にも出てくるくらい。出版当時は発行元に媚びたのか? と思っていたのですが、恐らく荒俣宏は伝聞のエピソードだけでなく直接本人とも怪しい会話を長時間交わした末に(そして、相当盛り上がった結果)、大伝奇小説に登場する資格あり、と、出したくて出したんだろうなと今、思いました。角川春樹本人も大喜びしている図が浮かびます。

また短歌賞だか俳句賞だかも自分で作って自分で受賞って何なんだ、そこまでして賞が欲しいか? と思っていましたが、これらを読んだ後だと確信するけど、すごく真面目に選んで自分の作品が一番、と確信した選考だったのでしょう。人間が違う、違いすぎる。

ところで逆に一番期待したツボちゃんのインタビューは正直ビミョー。角川春樹は編集者、それも超優秀な、ということはよく分かりましたが、んー、後半の座談会に負けてしまっています。

 

今月号は特集の貯金が大きかったからかな、さくっと読み終えました。

新刊は井上真偽『その可能性はすでに考えた』がとても面白そう。日下潤一は出版社が準備した文庫の手書き風のこ汚い帯を大批判。あれは私も嫌いです。あざとすぎるでしょ。書店のポップが乱立しているのも好きではありません。宮田珠己の嘘つき本の紹介は楽しい。『鼻行類』とか『平行植物』みたいなやつ。たとえば嘘っこ文字と図案で構成された『Codex Seraphinianus』、旧ソ連の宇宙船事故を描く『スプートニク』。特に後者は表紙もいい感じです。そういえば最近映画「食人族」がリマスターされてたけど当時は私の周囲でも信じていたやつ多かったなぁ。あれを信じている奴がいるのか、とその方が驚きだったけど...。

入江敦彦は京文化を必死で真似る江戸を小馬鹿にした話。いつも以上に筆が踊っています。そういえば最近『古今和歌集』の評論を読む機会がありましたがどうしても入江敦彦の主張が浮かんできてしまいニコニコしながら読んだのでした。例えば季節に対する日本人的な固定観念を植えつけるのが平安時代ですが、「秋は悲しいものだ」が中国の漢詩をベースにしていたり、鶯が鳴いて春がくる、泣かないから春はまだって固定観念だけの詩が複数作られたり、この浅薄な感じが入江敦彦の指摘どおりで指摘通りで笑います。

平松洋子は2回休み。好きさは伝わってきますが蕎麦屋と話して欲しいです。三角窓口は確実に若者が増えていて大変よい。意図的にでも常連を減らし、若者優先で行くべし。

円城塔スタニスラフ・レム風野春樹は意識の芽生え。一般向けでない理系(?)本を分かりやすく魅力たっぷりに伝える二人が並ぶページは良いです。

堀井慶一郎はまたいつもの安定のつまんなさ。編集部や他の読者は面白いと思っているのか?

奥泉光は『シューマンの指』の印象が強く繊細な文学青年のイメージでしたが、こうして「パターン化された感動」から離れた、幅広い10冊を紹介されると相当器用で技巧派な人なのだなと思いました。『『吾輩は猫である』殺人事件』のハードカバー版欲しくなりました。

疑惑のスウィング - ゴルフがメインにきて悪くない

疑惑のスウィング プロゴルファー リーの事件スコア 4 / アーロン & シャーロット・エルキンズ / 寺尾まち子訳 / 集英社文庫HM / 620円+税
表紙イラスト: カスヤナガト 装丁: 刈谷紀子(P-2hands)
Where have all the birdies gone? by Aaron & Charlotte Elkins (2004)

疑惑のスウィング―プロゴルファー リーの事件スコア〈4〉 (集英社文庫)

疑惑のスウィング―プロゴルファー リーの事件スコア〈4〉 (集英社文庫)

 

男女混合の米国チームと英国チームでスコアを競う「スチュワートカップ」にラッキーな抽選枠で出場できることになったリー。調子を落としているアメリカチームキャプテンのロジャー・フィンリーらと共に団体戦に挑むが、試合開始前、ロジャーの調子が落ちている原因を知っていると公言していたフィンリーのキャディのディランが殺害される。

 

ゴルファーを主人公にしながら周囲の環境や道具立てばかりを利用し、添え物的な扱いだったゴルフをここへ来て正面から描きます。ファーストショットの緊張感だったり、ウィニングショットまでの長いやり取り、初心者グレアムの気づきを挿入し読者に同じ視点を持たせたり。意外とこれが成功しており事件が単純な分、話に起伏や緊張が生まれたのでした。加えて割りと早い段階でルー・サピオの視点が入り、新機軸も期待されました(これは、その後パタリと途絶えぬか喜びでしたが)。

興味深かったのはロジャーが調子を落とした原因として 1作目と同じネタを持ち出し、これを 1作目の解説で東尾理子が指摘したとおりのことを持ち出してひっくり返したこと。やっぱりあれはまずかったのですね、プロにあるまじきこと。ところが、これが逆に真相にもつながっているという技を見せてくれます。おぉ、やるじゃん。

 

ところで過去3作はゴルファーとしての人生と、結婚の間の選択で結論の出ない悩みに苦しみ、グレアムが離れるのではという不安や焦りもあったはずですが、今作はあっさり、リーからプロポーズ。シリーズを終わらせるためでしょうかね。

次回はシリーズ最終作です。

防潮門 - こんなに口の軽い本格冒険小説の主人公はいない

防潮門 / アリステア・マクリーン / 沢川進訳 / 早川書房 / 1600円
装幀 生頼範義
Floodgate by Alistair MacLean

防潮門 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

防潮門 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 

堤防が爆破され、スキポール空港に洪水が起きる。正体不明の「FFF」が犯行を表明し、続けてオランダ国内の任意の場所での犯行を予告し、実行に移していく。ファン・エッフェン警部は警察本部長ドゥ・フラーフ大佐の強力を得ながら捜査にあたる。彼は過去にアネシー兄弟を逮捕したことを恨まれ妻と子供を殺害された過去があり、FFFの犯行にも兄弟とのつながりが感じられる。

 

無茶苦茶ひどいマクリーン後期の作品。本格冒険小説の主人公とは思えない自分の行動と予測を延々披露する口の軽いファン・エッフェん、まったくキャラの立たない脇役、「一網打尽で隠れた仲間も捕まえねば意味が無い」と散々引っ張っておいて、結局隠れた仲間のことは忘れてしまって睡眠ガスで一網打尽にしてしまうグダグダな展開等、「マクリーン」ブランドとは言え、まぁよく出版できたものです。

 

ディック・フランシスやクライブ・カッスラーがやってるみたいに名前貸しして若手に書いてもらうか、アガサ・クリスティみたくストックがあれば良かったのにねぇ...。

 

本の雑誌 2015年9月号 - 中野善夫の本棚

本の雑誌 2015年9月号 (No.387) / 本の雑誌社 / 667円 + 税
表紙デザイン 和田誠 / 表紙イラスト 沢野ひとし

本の雑誌387号

本の雑誌387号

 

「本棚が見たい!」は中野善夫。

本は背表紙を見せて並べたいけど日焼けは嫌、という気持ちが痛いほど分かる家の作りになっており、冒頭ページの上半分は白い扉だけで、下はそれを開けて本棚が出てきた所。ほんと夢の様な部屋です。ハヤカワ文庫の並びが汚いのもきっと番号順に並べているから。抜けないんだろうな、羨ましい。

 

リブロ池袋本店最後の日をおじさん三人組が取材。数カ月前から大騒ぎでメディアも殺到の中での潜入。それが許されるのもこれまでの長い信頼関係があったから。地下移転のときの記事も覚えていますが、浜本さんだったのですね。残念ながらリブロ池袋本店は自宅から遠く、店を訪れたことは結局1回か2回で、記憶もさほどありません。この伝説をもっと見ておくんだったな。
で田口久美子の記事を読むと、その伝説を作ったのが堤清二だということが分かります。やはり(サブ)カルチャーはパトロンあってのもの。

 

特集は「書き出し一行の誘惑!」。本の書き出しを考えようという企画ですが低調。座談会は長過ぎるし、SF系、ミステリー系のいつものライターの記事がピンと来ない。良かったのは角田光代の子ども時代「私は」で始める勢いのある文章についての思い出と、嵐山光三郎「日本文学書き出しいろいろ」、そして大ヒットした「ほんのまくら」フェアのし掛け人伊藤稔くらい。

今月号はこの特集がイマイチだったせいか今ひとつ乗り切れないまま読了。いつも楽しい内澤旬子の「着せ替えの手帖」がブルックスブラザーズでの残り時間が少なく肩透かしに終わったのも残念感が増した要素かも。あ、平松洋子のそばは今回も最高です。

 

萩原魚雷はモノを持たない生活。本好きにとって本の管理は大問題で、中野善夫のような部屋に憧れつつも現実は積ん読の山にうんざりしながら新しい本を買ったりして後悔するのですが、最近はノートパソコン 1台あれば、漫画でも、シリーズ本でも、映画でも、その場で参照できて、その気になればコレクションもできるのだから、部屋は綺麗になります。物欲 ... というか「ハードウエアとしての物欲」が無ければの話ですがね。

 

さて次号はつぼちゃんによる角川春樹インタビュー。専属インタビューアは吉田豪という認識ですが(古い?)、つぼちゃんがどのような切り口で挑むのかこれは本当に楽しみ。角川映画なのか、角川商法なのか、死ね! 死ね! なんて言ってた本の雑誌をどう見ていたのか、等々、聞き所満載。

さぁ読むぞ。

スラップスティック

スラップスティック / カート・ヴォネガット / 浅倉久志訳 / ハヤカワ文庫SF / 340円
カバー 和田誠

Slapstick by Kirt Vonnegut, 1976

マンハッタンの廃墟に住むウィルバー・ダフォディル-11・スウェイン医師のひとり語り。彼は姉イライザとの双子で、見た目はネアンデルタール人のようだったため痴呆として育てられるが、実際は二人一組の超知性の持ち主だった。
中国人との接触により火星に行ったイゼベルは事故死する。同じタイミングで地上の重力が不安定化。その混乱の中、スウェインは大統領に立候補する。スローガンは「もう孤独じゃない!」。人工的にミドルネームを与え、家族を構成する制作が受け入れられ当選する。

 

ヘリコプターから拡声器で愛と別離を語るイライザが最高です。そのイライザに接触した中国人フー・マンチューの仕草もかわいい。そしてこの副題にもなっている「もう孤独じゃない!」政策。正しいんじゃないかなぁ、意外と。

もちろん「プロローグ」も良いです。戦争がインディアナポリスをアメリカの交換可能な部品にするあたりだったり、犬や子供らとの関係だったり。

多分、初めて読むヴォネガット

スラップスティックな人生物語を面白く読みました。

 

 

 

 

本の雑誌 2015年8月号 - 祝 入江敦彦連載開始

本の雑誌 2015年8月号 (No.386) / 本の雑誌社 / 778円 + 税
表紙デザイン 和田誠 / 表紙イラスト 沢野ひとし

本の雑誌386号

本の雑誌386号

 

 「本棚が見たい!」の忍書房の大井達夫って、大井潤太郎のことですよね。なぜ名前が違うんでしょうね、読者なら誰でも分かりそうなのに...。宮田珠己の本棚は『世界大博物図鑑』がダンボール箱にきちんと収まっているのがいいです。あれ輸送用って書いてあるのですが捨てる人はいないですよね。その宮田珠己のディックの文庫本の話が私と一緒で大笑い。とりあえず出たら全部買う -> どれを読んだか分からない -> とりあえず一冊読む -> 最後のほうまで来てこれ読んだわ _| ̄|○

2015年上半期ベストは、順位そのものよりも対談が面白いです(徳永圭子の言うとおり)。杉江の「二人(目黒、浜本)に聞きたいんだけど、どうして飽きないんですか。ダメ男小説。」ってところは、かねてから不思議に思っていたところでした。あと「俺(目黒)は今年69歳になるんだけど、『春や春』は17歳になって読んでた。」ってところも、そうか、そうかと思いました。

その後の「出版業界上半期」座談会もわかるなぁ、と。『イニシエーション・ラブ』の芸能界でのブームなんて、ようやく有田まで来た、ですから、最高です。しかし『火花』は芥川賞だからね、三島賞はもったいなかったですね、せっかくメジャーになるチャンスを逃しました。

大森望と茶木則雄の座談会は特集の「人はなぜ本を返さないのか!?」の中。春日武彦と同じ趣旨で納得の展開でした。価値観の違いだったり、貸す行為借りる行為の意味、一度読み終えられた本の価値等々。特集の読者のはがきで興味深いのは貸した借りたよりも「地方定価」という定価。昭和29年発行の『ビーグル号航海記』は、定価280円、地方定価290円らしい。へぇ、そんなのがあったのか、と読者の越川映子ともども驚いたのでした。

 

中山可穂を大絶賛している丸善ラゾーナ川崎店の Tさんは高頭佐和子。「本屋大賞2015」でも『愛の国』を激勝し、発掘本で『サイゴン・タンゴ・カフェ』を推しています。関係ないけどカリスマ書店員がいれば周囲も感化されるのか丸善ラゾーナ川崎店からは他に3人のコメントが掲載されています。その高頭佐和子の貸し借りした漫画『戦え! 軍人くん』『鋼の人』『純情クレイジーフルーツ』はどれも私の愛読書で、思わず本棚の中から取り出しました。

閉店したリブロ池袋40年の振り返りは、有名な逸話ばかりなのかも知れませんが、ここまでリブロが仕掛けていたのかと私には驚きの連続でした。結局、浅田彰ニューアカもここからだというんですから凄いです。極力感情を配した田口久美子のザラザラの筆致には、逆に抑えまくる気持ちの高鳴りが感じられ逆に痛々しいですね。


服部文祥はデルスー・ウザーラの紹介。本よりも黒澤の「デルス・ウザーラ」を観たいなと思ったら『樹海の迷宮』という黒澤の撮影記録本の広告。やるじゃん > 編集部

ベストセラー温故知新が非常に面白かった入江敦彦の連載が再開。タイトルは「読む京都」。仮名文化による和意創設を掲げる京都人。唐はもちろんのこと、ミヤコと地方を分断し、田舎歌の万葉集を切り捨てます。相変わらず面白い。しかもこれまでの日本人論をも含みそうな展開。期待です。

 

新刊めったくたガイドで良さげは辻村深月『朝が来る』。『島はぼくらと』『ハケンアニメ』と最近の活躍は素晴らしく、いずれ超々ベストセラーが出ることが予想されます。そして沢田史郎が推す『世界の果てのこどもたち』(これは久田かおりも)と『君の膵臓をたべたい』。後者はラノベ層に広がればいけそう。最近の文庫は1000円超えが珍しくないけど『泰平ヨンの未来学会議』の薄さと値段には驚きました。中古価格を考えれば安いもの? 倉本さおりが降板。事情ってなんだ?

円城塔ベイズ統計学を紹介すれば、風野春樹は骸骨の写真集。この見開きの理系感はいいよねぇ。

三角窓口に学生21歳が登場。単純に嬉しい。

堀井慶一郎の連載はいつもなんかなぁですが、今回はえ!? と驚き。文庫の分厚さは変わってもカバーの長さは同じというもの。分厚くなれば折り返しの部分が短くなる理屈。え、ホントですか。それとも新潮文庫だけの話?

亀和田武澁澤龍彦の10冊。同時代同背景の中での共感の中には、もちろんよくあるタイプの神格化した紹介はありません。ちなみに私が最初に澁澤龍彦を知ったのは『世界大博物図鑑』の献辞からでした。